東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5983号 判決 1963年12月13日
被告 永楽信用金庫
理由
一、訴外桜井政雄が被告に使用され被告金庫北沢支店次席として定期預金証書作成の権限を有したこと、訴外猪狩金次郎、同平山君江がいずれも被告に雇用され、訴外猪狩は被告金庫北沢支店の得意先係として預金の募集と集金の職務に従事し、訴外平山は定期預金係として定期預金、定期積金の受け入れの職務に従事していたことはいずれも当事者間に争がない。
被告は、訴外平山君江は定期預金証書の作成事務に従事していなかつたと主張するので、この点について判断するに、(証拠)によれば、定期預金証書作成に関する訴外平山の職務内容は次のようなものであつたことが認められる。
即ち、訴外平山は、顧客もしくは外務員から現金と定期預金申込書(定期預金収入伝票で代用)を受領し、定期預金証書用紙と定期預金元帳に必要事項を記入した上で、右記入済み証書用紙と元帳を支店長もしくは次席に提出し、現金と収入伝票(定期預金申込書)はこれを出納係に送付し、出納係は右現金を収納して右収入伝票に領収印を押捺し、右収納済み収入伝票を支店長もしくは次席のもとに送付し、支店長もしくは次席は前記訴外平山が提出した定期預金証書用紙と定期預金元帳と右収入伝票を照合して定期預金証書用紙にその保管にかかる被告金庫北沢支店角印、支店長職印、割印、支店長記名ゴム印をそれぞれ押捺することにより定期預金証書を完成し、これを訴外平山に交付し、訴外平山は右完成した定期預金証書を顧客もしくは外務員に交付するという順序で日常の事務を処理していたものであつて、右事実からすると、訴外平山は定期預金証書作成に関する一切の権限を有していたものではないが、支店長又は支店次席の監督の下にその命をうけ証書作成につき密接な関連を有する事務を担当していたことが認められる。
二、原告主張の訴外桜井政雄が本件定期預金証書の偽造に共謀していたという事実は証人蔵本猛の証言および成立に争いのない甲第六号証の一にそうごとき供述があるが、右各証拠は証人猪狩金次郎の証言に照し信用できず、他にこれを認むべき証拠はない。
定期預金証書用紙の窃取の点については、(証拠)によれば、右認定の職務にあつた訴外平山君江が定期預金証書を容易に入手できる立場にあつたため、昭和三四年六月一〇日頃、訴外猪狩金次郎から「親戚の潮田文子の定期預金が満期になつたが、僕が使つてしまつたので、定期預金証書用紙を三枚都合してくれないか。それで二万円と三万円の定期預金証書を三枚作つて書き替えたことにしておきたいから。」と頼まれ、同日午後四時三〇分頃被告信用金庫北沢支店階下事務所大金庫内から定期預金証書用紙三枚をひそかに取り出し、即日これを訴外猪狩に交付した事実が認められる。
次に本件定期預金証書の偽造の点に付き判断するに、(証拠)を綜合すると、訴外猪狩は、訴外蔵本猛外一名から定期預金証書を偽造してこれを担保に差入れて金融を受けるため、定期預金証書用紙を都合してもらいたい旨の依頼を受け、前記認定のとおり訴外平山君江に定期預金証書用紙三枚をひそかに取り出させこれを昭和三四年六月中旬頃訴外蔵本に交付し、同日頃訴外猪狩宅および旅館「かたばみ荘」内において、訴外猪狩、同蔵本外一名は互に意思を相通じて右定期預金証書用紙に証書番号、金額、預入期間、満期日、利率、発行日を各記入し、同人らの偽造にかかる被告信用金庫北沢支店長記名印、職印、割印、同支店角印をそれぞれ押捺して原告主張のごとき定期預金証書一通の偽造を遂げたことが認められる。
三、原告主張の訴外猪狩金次郎が同蔵本猛とともに、原告に対して訴外蔵本に被告信用金庫発行の定期預金証書を担保として金一〇〇万円を貸付けることを懇請した事実、および原告が被告金庫北沢支店窓口において訴外猪狩に面会し、本件定期預金証書ならびに各附属書類の真偽を問いただした事実はこれを認めるに足る証拠はないが、(証拠)によれば、訴外蔵本が本件偽造の定期預金証書および仮証、確認書と題する各書面を原告方に持参し、右証書記載の満期の時には金五〇〇万円を被告から支払がうけられるから期日には容易に支払うことができるものと原告に信用させ右定期預金証書を原告に預けおきその満期の日に清算して返済するという約束のもとに原告から金一〇〇万円の交付を受けたこと、右のように偽造の証書を作成して他から金員を借り出すことは被告の被用者猪狩や右蔵本に於て予め計画して為した行為であつて右借入金返済の意思は当初からなかつたものと推断することができるし、訴外蔵本、猪狩らが文書偽造、詐欺等の罪名で起訴され、有罪の判決をうけ(起訴されたことは当事者に争がない)右借入金は返済されず日時を経過していることが認められるので原告が訴外蔵本から右貸金一〇〇万円の支払をうけ得られないものと判断される。
従つて、原告は少くとも右貸金一〇〇万円と同額の損害を蒙つたものと認められる。
四、右認定の事実および原告本人尋問の結果をそう合すれば、原告の右損害は偽造定期預金証書を欺罔の手段とする訴外蔵本の詐欺によつて生じたものであるが、訴外猪狩金次郎は詐欺の手段として使用されることを知りながら、訴外蔵本と互に意思を相通じて本件定期預金証書を偽造しており、訴外平山君江は偽造に使用されることを知りながら、定期預金証書用紙をひそかに取り出して訴外猪狩に交付しており、右訴外猪狩、同平山の各行為は犯罪を構成する違法な行為であることが明らかであつて、不法行為の要件をみたすものというべく、その上原告は本件偽造定期預金証書が真正なものであると信じた為金員を貸出したものであり、原告の右損害は訴外猪狩、同平山の右各行為によつて生じたものと認めるのが相当である。
五、次に右訴外猪狩、同平山の行為が被告の「事業の執行に付き」なされたものであるか否かの点について判断する。訴外平山君江が被告金庫北沢支店の定期預金係として、前記認定のごとき職務に従事していたものであり、この職務は被告会社の事業の執行につき密接な関連を有すると認められ、同人がその地位を濫用して、偽造行使するために定期預金証書用紙をひそかに取り出し、同じ被告の被用者である訴外猪狩に交付した行為、これと被告信用金庫北沢支店得意先係訴外猪狩の定期預金証書の偽造行為とは関連して一体をなすものとして評価することができ訴外平山、猪狩のなした一連の行為は、同人らの職務の性質上通常なさるべき危険な行為に包含されるものと考えられ、被告の「事業の執行に付き」なされたものというべきである。従つて被告は訴外猪狩、同平山が原告に与えた前記損害について民法第七一五条により賠償の責に任ずべきものである。
六、被告は、原告には前記損害の発生につき故意または重大な過失があつたと主張するので、この点につき判断するに、原告が訴外蔵本に一〇〇万円の金員を貸付ける当時、本件定期預金証書が偽造であることを知つていた事実については、証人猪狩金次郎の証言中これを肯定したような証言があるが、右証言は原告本人尋問の結果と対比して信用できないところであり他に右事実を肯認するに足る証拠はないから被告に故意があつたとの主張は理由がない。
被告主張のごとく本件定期預金証書裏面には、定期預金の譲渡質入れには被告金庫の承諾を要する旨の記載があること、仮証と題する書面は本証書発行前の金員領収証であることはいずれも原告の明らかに争わないところであり、検証の結果によれば確認書と題する書面がわが国金融機関が発行する書面としてはやや奇異に感ぜられる体のものであることが認められるところ、原告が本件定期預金証書の質受けについて被告に承諾を求める手続をとつたとの証拠はなく、また原告が右各書面を充分検討したとも認められない。
しかし、本件において先に説示したように原告は定期預金証書の存在により訴外蔵本が金五〇〇万円の預金を被告方に有するとの事実を信頼して貸与したのであつて、質入についての被告の承諾は対抗力の問題にとどまり、当事者側の質権の効力にはかかわりないのであるから、これをもつて被告の承諾を求めなかつたことにより原告に重大な過失があると認めることはできない。また金融機関の事務に通じない者に仮証と本証書の同時存在、ならびに確認書の記載内容によつて当然定期預金証書の真偽に疑惑を持つべきことを要求するのは酷であり、これまた原告に重大な過失ありと認めることはできないし、損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべき程の過失が存するとは考えられないから、被告の抗弁もまた理由なきものとして排斥を免がれない。
六、よつて被告は原告に対し、被用者の不法行為による損害賠償として金一〇〇万円、およびこれに対する訴状送達の日であることが記録上明らかである昭和三五年七月二九日から支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の請求をすべて認容。